ほぼ日の<現実にないけれど、あることになってる世界。> を読んで、いろいろ考えさせられました。(糸井さんも、迷いながら書いているような感じを受けたのは、ぼくだけでしょうか?)
お金ってなんだろうと、友達が悩んでいたことを思い出します。
昔は、金(キン)と文字通り換金できるから、意味があったのでしょうが、今は、確かに、バーチャルの世界で、数字だけが動いているのかもしれませんね。
経理をやっている友達は、帳簿に、現実感のない数字を書いていることに、最初は罪悪感と戸惑いを感じていたけれど、人間、だんだんと慣れてくると言っていたことを思い出します。
ぼくは、こんな数字に支配されたくないという気持ちが強いかもしれない。なんでも、金で解決すると思うなという気持ちは、こういうところに、現れているのかも知れませんね。(負け惜しみに聞こえるか)
担保もいらない、貴金属としての金の保証もしない、
ひたすらに数字が数字を決定していく経済のなかに、
ぼくらの世界は漂っている。
すごく、衝撃的な考察だけれど、今のぼくたちの現実だったりします。お金は、大事なものだと思うけれど、マネーゲームに興味のないぼくは、このことにすごく違和感を感じてしまいます。
本当にすごいと思えることは、お金を稼いでいる人のことではなくて、やっぱりそれに見合う価値を創造している人たちなんだと思います。お金が本当の意味で、そういうものの評価の基準になってくれれば、面白い世の中になるのかも知れませんね。
まあ、そうなったら、そうなったで、厳しい世の中だということになるのかも知れませんが・・・